2015年12月

第57次隊 田村氏からの現地レポート

Report:Yoshitaka Tamura

場所:昭和基地

第57次隊の田村 芳隆氏が、昭和基地から現地の様子をレポートしてくれました。

みなさん、こんにちは。
第57次日本南極地域観測隊に参加している田村芳隆と申します。
第58次隊と交代までの間、ここ南極昭和基地からレポートをお届けします。
こちらは、日照時間が短くなり一日中太陽が昇らない「極夜(きょくや)期」(5月下旬から7月中旬まで)に入っています。
昨年12月2日の成田空港出発から早くも7ヶ月が過ぎてしまいましたが、レポートをお送りします。

田村氏レポート

♦ しらせでの活動

出発の翌日、西オーストラリア州のフリーマントル港で我々観測隊より一足先に日本を出発した南極観測船「しらせ」に合流しました。
フリーマントルでは、生鮮食料品等の積込み等を行い、作業の合間の余暇を楽しんだ3日後の6日、しらせ乗員約180名、 私たち観測隊員64名を乗せたしらせはフリーマントル港を出港し、いざ南極昭和基地を目指す約3週間の航海がはじまりました。
しらせ船内もやらなければならないことはたくさんあります。
航海中の不慮の事故等に備えての安全講習、同じく南極へ到着してからの危険・事故等に備えての安全講習などがあり、 全員が気を引き締め真剣に受講します。その他、観測隊員が自身の専門分野について解説する「しらせ大学」という講義や、 野外観測用食料の配布・準備、各部門においてどのような作業・観測をするのか等の情報共有を行います。もちろん、航海中にも観測をしています。


しらせ乗員による救命胴衣着用方法の説明

野外観測用食料の配布・準備

海洋観測にて海水を採取する装置の準備

「艦上体育」という体を動かせる時間もあり、運動したい乗組員、 隊員は甲板上をジョギングしたりキャッチボールをしたりと外の空気を吸いながら汗を流します。


流氷群を見ながら甲板をジョギング

航海中はこのような生活を送りますが、多くの隊員を悩ませる難所があります。
南緯40度から60度にかけての暴風圏です。吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度と言われるほど、 あの大きなしらせも激しく揺れますが、幸い今回の航海では大きな揺れも少なかったのか、 私は船酔いに苦しまされることはありませんでした。
航海も終盤になると、大きく雄大な氷山が姿を現します。氷山を目にすると目指す南極昭和基地が近くなったと胸が躍ります。


「しらせ」からのテーブル型氷山

♦ 昭和基地へ

約3週間の航海を終え、「しらせ」からヘリコプターで昭和基地入りしたのは12月23日のことでした。 その日の2便目に乗り込んだ私は、待ちに待ち焦がれた15年ぶりに降り立つ昭和基地(南極)への思いが一気に最高潮に達し、 興奮した気持は忘れられません。しらせから昭和基地までの短い時間でしたが、空から見た南極の景色は最高なものでした。 15年前は緊張していたのか空からの景色をほとんど覚えていません。 今回は、2回目ということもあり、気持にも多少のゆとりがあったのかもしれません。


上空から見た海上に広がる無数の氷山群

数分のフライトを終え、15年ぶり2度目の南極昭和基地へ降り立ちました。
当時存在しなかった建物もありますが、岩や土があって殺伐としており「工事現場のような雰囲気は変わってないなぁ」が率直な感想です。 ですが、やはり15年ぶりの南極昭和基地、懐かしい気持ちや正直2度目というプレッシャーを感じたのも事実です。
基地到着時、前次隊56次越冬隊の皆さんが出迎えてくれ、前任者の藤澤隊員と約1年ぶりの再会です。 抱き合って「よく頑張ったね」と声を掛け、力強く握手を交わしたことは生涯忘れることはないと思います。


藤澤隊員との再会(橙色ヘルメットが藤澤隊員)

こうして約3週間の長旅を終えて、日本から遠く14,000km離れた南極昭和基地へ無事到着し、 現在に至るわけですが、月ごとに主な活動等を紹介させていただきます。